家内の祖母の終活について

家内の祖母が3年前に85歳で亡くなりました。ほんと位に毅然としたかつ優しい女性で、死期を悟るにあたり、終活にもきちんと時間をさいて残されたものに対する配慮、心遣いも忘れることなく手配してくれました。その終活の内容についてご紹介したいとおもいます。
まず、大前提として祖母には家内の母親を含めて、3人の娘がおり、自分自身が住んでいたマンション、そして株式、預貯金の整理が必要でした。マンションに関しては家内の姉、株式は家内の母親、預貯金は3人の娘に均等と最初から決めていたようです。ここまではだれしもが考えうる当たり前の考え方であり、準備です。ちなみに家内の母の妹は資産家に嫁いでいるので一切お金の心配は必要ありませんでした。そして、祖母の終活に関してはここからがポイントになります。
まず、葬儀に関して。マンション近くの葬儀場でみなで泊まれる形で一晩、見送ってほしいという思いを託してなくなりました。とにかく、自分の死に際しては親族みんなで集まることで賑やかに見送ってほしいという強い思いがあったようです。次に広い人間関係です。本当にいろいろな趣味、人間関係があり、自分のしにあたり、きちんと一人一人手紙を書いて家内の母親に託していました。ちなみに家内の母親が一番祖母には近い存在でした。そね関係でわたしのこどもたち、いわゆるひ孫にも並々ならぬ愛情を注いでくれました。ほかにもひ孫がいて、それぞれに、手紙を書いてくれました。まだまだ字が読めぬメンバーもいますが。
ここまで、周到に手配していて方はこれまだ見たことはありません。もちろん、お金や不動産に関しても、もめないように相続弁護士に相談してきちんと遺言を遺してくれました。気遣いが本当に素晴らしいとしかいいようがありません。こうした祖母ですから葬儀にも本当に多くの方々がお見えになりました。もちろん、仕事も関係なくあくまでもお友達ばかりです。終活とはかくあるべきと勉強になりました。

義祖母の介護

ほんの数か月のことでしたが、数年前に義祖母の介護をしていました。
元々は、義祖母は高齢の気ままな一人暮らしで、お友達と食事に行ったりカラオケに行ったりと活動的な人でした。
性格はとても身内びいきで、祖母の中では私は溺愛していた孫をさらって行った悪女という所でしょう。同居に至って分かったことですが。
でも、やはり孫である私の旦那の事はとても可愛くて、大事に思っていました。
私とも表面上はなんの問題もなく、たまに会いに行っても問題もなく接してくれていました。
内心は分かりませんけれど。
そんな中、同居をずっと持ちかけられていた私たち夫婦が、高齢になって病気も持っている祖母と一緒に暮らすようになるのは、結婚から10年程過ぎた頃でした。
慣れない同居の中、義祖母が持病が元で入院する事になりました。
元々、活動的ではありましたが、足はあまり良くはなかったのでこの入院をきっかけに全く歩けなくなってしまいました。
退院後に在宅での介護となりましたが、その介護度は要介護5で非常に荷が重いものでした。
当時、私は30代と今よりも若く、不安でいっぱいでした。
それでも隣人の方や、義祖母が長くお世話になっていた主治医や、ケアマネージャーさんなどといった方々に非常に助けられなんとかやっていました。
介護自体には、あまり抵抗もなく毎日おむつ替えや入れ歯の手入れ、水のいらないシャンプーで洗髪したりお風呂はデイサービスにお願いしていたので、自宅では足湯をしたりしていました。
思い返してみると、この当時私にとって辛かったのは義祖母の介護ではなく、近所に住む義父の後妻がお金を無心して来たり、義祖母の娘で旦那にとっては叔母に当たる人が2日に1回は様子という名の監視に来ることでした。
隣人や医師という、所謂他人様はとても良くしてくれました。
今でもほっこりします。口悪くいう義祖母を嗜めてくれたり、私を励ましてくれたり。
でも、身内というものは誰ひとり助けてはくれず、それどころか親戚に悪口まで言っていました。
今はもう義祖母も亡くなりましたが、今でも介護は良い経験だったし少しでも尽くせたのは良かったと思っています。
でも、身内というものの恐ろしさを体験したことは、気持ちの良いことではありません。
ちなみになのですが、義祖母の遺産は全てこの叔母に持って行かれてしまって、旦那には一銭も入りませんでした。(旦那の実母はずいぶん前に亡くなっています。)