父親の死と超高齢の母の姿から考えた自分なりの終活

父が90歳で他界し、葬儀を営んで以来、いつかは自分にも訪れる死に関連して、いわゆる終活を考えるようになりました。まず父の葬儀の費用の管理をした事で、葬儀の費用がやはり高い事を再認識しました。父の葬儀は私達兄弟がまだ現役であった事もあり、会社関係の人など参列者が非常に多く、会館の葬儀場に入れぬほどでした。
私に万が一の事があった時には、そうした盛大な葬儀ではなくこじんまりとした葬儀で十分で、しかもその費用も子供達に負担を掛けたくないと感じました。誰しもが、終活として最初に考える事です。父の死と、こうした考え方から、近所に新たにできた全国展開している新興の葬儀社の積み立て会員に加入しました。これなら、葬儀の祭壇なども迷いなく、この積立金で賄えるセットになった祭壇や棺で営んでもらえば十分だとの意思表示もできると考えたのです。
葬儀の後は、埋葬する墓で多くの人が迷い、子供の負担を無くすべく、永代供養を生前に申し込み、費用も支払っておくと言った話を聞きます。しかし私の場合は、生前に父親が建立し、今は父が眠る墓がある為、そこに埋葬してもらえば子供の負担は年間の管理費等の1万数千円で、この程度なら息子は自分も入る墓だと思って維持してくれるでしょう。
息子には幸い2人の男児が生まれ、この孫達のいずれかはきっと墓を守ってくれると思っています。お墓参りには、時々孫を連れて行き、意識の底に刻み込んでくれればと思っています。墓の事を心配しなくても良いのは、終活を考える時には非常にありがたい事です。
父の死後、母は実家で一人暮らしを続けていましたが、90歳を前にして病気で入院した事が契機となり、歩行が難しくなり、特別養護老人ホームに入居しました。その前の数年間は自宅で暮らす母の生活介助も、女房に手伝ってもらい介護の事を色々と知る事ができました。
また母の年金収入と、施設の費用などの支出を女房と一緒に管理する事で、支出は女房も認識できたので、私が先立った後の遺族年金の概算を計算して女房に認識してもらいました。残された女房が一人で施設に入らねばならなくなった時、金銭的に子供の世話にならずにやって行ける事を認識する事で、女房も安心できたと思います。
施設に入所して、空き家となった実家の収納などをチェックすると、父が残した趣味品などもそのまま放置されていました。父が残した不用品を処分しながら、実家にある物の多さに改めて驚かされました。母が他界すれば、その多くの家財道具をすべて処分する必要があると考えると、ぞっとするほどです。翻って我が家を改めて見直すと、独立した息子や娘の置いて行ったものもあり、また私の実家の家財道具よりも遥かに多くの物がある事を再認識させられました。
実家の片付けを進めながら、それが終われば、我が家の不用品を整理し、シンプルな生活を心がけ、子供に大変な想いをさせないようにしようと考えています。父の死と残された超高齢の母の介護経験から、順次気になる事に事前対策を講じています。これが私の終活のスタートです。