遺された家族が困らないために。

身内が亡くなって、悲しみも少し癒えた頃家族が直面することが一つあります。
それは遺品の整理です。
見ているうちに「これは大事にしていたなんとかだ、これを買うのにずいぶん節約して一生懸命お金を貯めていたな」
などと故人とその遺品に関する思い出が次から次へと蘇ってくるものです。
すると結局どうなるかというと、使いもしないかといって捨てることも出来ない遺品が山のように残ってしまうと言う事態になります。
実際そのようなどうすることも出来ない遺品に囲まれて過ごしておられる方を何人か見かけることも多くなりました。
保管場所が潤沢に確保できているのであれば、故人の思い出に囲まれて過ごすのも悪くはないと思いますが、
なかなかそうもいかないのが現状ですよね。
そこで私が決意し、実行しているのが「生前の遺品の整理」です。
家族でさえ思い入れがあるような品々は、当然私にとってはもっと大切な品物です。
しかし、本当に必要なのかそうでないのかを見極められるのは他ならぬ「所有者」である私自身です。
私は音楽が趣味で、大きなステレオのセットや、レコードやCD、それに今となっては触ることもないギターなども
たくさん持っています。
このような品物は、私にとっては宝物でも興味のない人にとってはゴミでしかありません。
手放すのは悲しいですが、これらの品物を喜んで使ってくれる人に譲ることこそ、
私が大事にしていた品物達にとって何よりの幸せだと思い始めました。
ステレオは小さなものに買い換え、CDなどは何年も聴かなかったものから手放す決意をしました。
買い取り店をまわったり、息子に頼んでネットオークションなどでかなりのものを処分しました。
他にも衣類や書籍などもできる限り処分し、結果かなりの私の「遺品」を整理することが出来ました。
実際遺品の整理というのは、悲しみが癒えはじめた家族にとってまた悲しみをぶり返すことにもなりかねません。
少しでも家族のいろいろな負担を軽減できたかと思っています。
旅立つときはなるべく身軽に、が遺された家族に対して最後の思いやりではないでしょうか。

家内の祖母の終活について

5年前に亡くなった家内の祖母の終活についてのお話です。
祖母は83歳で亡くなるまで一人でマンション住まいを続けていました。だれにも面倒をかけナたくないということ、そして多くのお友達との交流の中で生活していました。最後はがんが発覚して3か月の入院がありましたが本当に立派な最期だったと思います。
そして、本当にきちんとした生活を送っており、家内の母親を含む3人の娘たちをはじめ、何を残して何を整理するのかすべてを明らかにしてこの世を去っていきました。実際にがんにかかって入院した時にはすべてを整理していたわけですから、ずいぶん前から準備していたのでしょう。
まず、マンションや株券、預金については3人の娘にどう分けるか明らかにしていました。そして、自分の葬儀についてはどこでどのような形で実施してほしい、そして、お友達はだれを読んでほしいというところまで手帳に明確に記載されていました。実際にこれを見た時には驚きでした。そして、その手帳には友人たちへのメッセージも記載されていました。
そして、もともとお手紙、そして俳句などが大好きだった祖母は私の娘たち、いわばひ孫に対してまでもメッセージを残してくれていたのです。いっしょに修習字やお手紙をかいてきたわけですから、本当に思いで深かったのでしょう。葬儀の際にはひ孫の手紙を友人に読み上げてもらいたいというメッセージまで残されていて驚きです。
何をもって、終活と呼ぶべきか明確には規定されていないと思いますが、ここまで残された人間に対してしっかりしたメッセージを残してくれることもめずらしいのではないでしょうか。遺産や葬儀の形式だけではなく、残された人間へのメッセージは本当にありがたいものです。わたしも祖母とは家内の結婚前からの付き合いで20年以上になりますが本当に立派で筋の通った女性だったと思います。生き様、死にざまというものを祖母の終活を通じて、教えられた気がします。

終活として家の不用品について整理をしています

私が終活として、取り組んでいるのは、家のことです。
家の不用品について、整理をすることにしています。
今までも時々、整理をすることがありました。
それは、単純に片付けをするという感じだったのです。

しかし、今では不要と思うものについて積極的に廃棄をすることにしています。
そのように思っているのは、一つのことがきっかけでした。
それは、親戚の人がなくなった時の事です。
その人の自宅を整理することになったのです。

その時、その家を見た時に、これは大変という感じでした。
これは、業者にお願いをするほうがいいのかなと思ったほどひどかったのです。
しかし、ある程度見ておかないと、大事なものがあったりすると、困ったりすると思い、その家の不用品について片付けることにしました。
すると、腐っているものや、こんなものをおいているのかと、少しイライラすることもあったのです。

そしてそのことをしているうちに、自宅もそのような状態になっているかも知れないと感じることもありました。
そのため、その家の整理を行った後、自宅についても徹底的に整理をすることにしたのです。
実際に行ってみると、不要なものばかりがあると感じています。
自分が片付けることが面倒なので、そのままにしているものがたくさんあったのです。
そのことを、とても反省しています。

それは、後に残された人が、とても困ってしまう事を考えてなかったからです。
その後は、毎日不用品について整理を行うことにしています。
一度、そのような気持ちになると、やる気をもつことができています。

片付けというのは、本当に体力を使います。
そして、その体力だけではなく、迷惑が掛かってしまうことを、十分に思うことです。
ものを購入するときにも、後の事を考えて、本当に必要なものなのか、じっくり考えることができるようになっています。
そのことは、とても良かったです。
これからも、残された人たちが困ることがないように、終活として片付けを行っていきたいと思っています。

終活は家族への最後のプレゼント

去年祖父が癌になり、亡くなりました。祖父は、若い頃に大病を患い、生死の境を彷徨った経験があります。そのため、健康には人一倍気をつけていました。
そんな祖父ですが、3年前に植木を切るために脚立に登ろうとした際に、たった一段ですが足を踏み外して地面に落下しました。それをきっかけに、家に引きこもる生活が多くなり、人と会話をすることも少なくなりました。
すると、認知症になってしまい、段々と家での生活が難しくなり、施設で生活する日々が続きました。結局、最終的に去年癌になり亡くなってしまいました。
祖父は、突然認知症を発症してしまったせいで、身の回りの身辺整理は全くしていませんでした。
祖父は、銀行関係で仕事をしていたなごりで、退職してからも、お金のやり繰りは全て祖父が行なっていたようです。祖父一人でやり繰りしていた為に、重要書類や通帳などの大切な物を祖母は何一つ把握していませんでした。
そのため、祖父が認知症になってから亡くなるまでの期間、家族総出で祖父の部屋などを整理して、重要な書類などを掻き集めた苦い経験があります。
祖父が亡くなってからも、書類が整理されていなかったおかげで、相続関係で色々と手こずりました。
もしも祖父が元気なうちから、終活を行なっていたならば、かなり祖母を始め家族は大分楽だったと思います。
そんな経験から祖母は、この一年間で遺された家族のためを考えて、一生懸命終活を進めているようです。
書類や通帳などは、家族が分かるように決まった場所にまとめてくれています。また、身の回りの服や小物も少しずつ処分しているそうです。
私は、祖父の死をきっかけに終活の大切さを痛感しました。私はまだ20代ですが、いつ何が起こるか分かりません。ですから、私自身もいざ私が急死してしまった時に、旦那や子どもが苦労しないために分かりやすく身の回りの整理を行い始めました。
終活とは、遺された家族への最後のプレゼントだと私は思います。

家内の祖母の終活について

家内の祖母が3年前に85歳で亡くなりました。ほんと位に毅然としたかつ優しい女性で、死期を悟るにあたり、終活にもきちんと時間をさいて残されたものに対する配慮、心遣いも忘れることなく手配してくれました。その終活の内容についてご紹介したいとおもいます。
まず、大前提として祖母には家内の母親を含めて、3人の娘がおり、自分自身が住んでいたマンション、そして株式、預貯金の整理が必要でした。マンションに関しては家内の姉、株式は家内の母親、預貯金は3人の娘に均等と最初から決めていたようです。ここまではだれしもが考えうる当たり前の考え方であり、準備です。ちなみに家内の母の妹は資産家に嫁いでいるので一切お金の心配は必要ありませんでした。そして、祖母の終活に関してはここからがポイントになります。
まず、葬儀に関して。マンション近くの葬儀場でみなで泊まれる形で一晩、見送ってほしいという思いを託してなくなりました。とにかく、自分の死に際しては親族みんなで集まることで賑やかに見送ってほしいという強い思いがあったようです。次に広い人間関係です。本当にいろいろな趣味、人間関係があり、自分のしにあたり、きちんと一人一人手紙を書いて家内の母親に託していました。ちなみに家内の母親が一番祖母には近い存在でした。そね関係でわたしのこどもたち、いわゆるひ孫にも並々ならぬ愛情を注いでくれました。ほかにもひ孫がいて、それぞれに、手紙を書いてくれました。まだまだ字が読めぬメンバーもいますが。
ここまで、周到に手配していて方はこれまだ見たことはありません。もちろん、お金や不動産に関しても、もめないように相続弁護士に相談してきちんと遺言を遺してくれました。気遣いが本当に素晴らしいとしかいいようがありません。こうした祖母ですから葬儀にも本当に多くの方々がお見えになりました。もちろん、仕事も関係なくあくまでもお友達ばかりです。終活とはかくあるべきと勉強になりました。

義祖母の介護

ほんの数か月のことでしたが、数年前に義祖母の介護をしていました。
元々は、義祖母は高齢の気ままな一人暮らしで、お友達と食事に行ったりカラオケに行ったりと活動的な人でした。
性格はとても身内びいきで、祖母の中では私は溺愛していた孫をさらって行った悪女という所でしょう。同居に至って分かったことですが。
でも、やはり孫である私の旦那の事はとても可愛くて、大事に思っていました。
私とも表面上はなんの問題もなく、たまに会いに行っても問題もなく接してくれていました。
内心は分かりませんけれど。
そんな中、同居をずっと持ちかけられていた私たち夫婦が、高齢になって病気も持っている祖母と一緒に暮らすようになるのは、結婚から10年程過ぎた頃でした。
慣れない同居の中、義祖母が持病が元で入院する事になりました。
元々、活動的ではありましたが、足はあまり良くはなかったのでこの入院をきっかけに全く歩けなくなってしまいました。
退院後に在宅での介護となりましたが、その介護度は要介護5で非常に荷が重いものでした。
当時、私は30代と今よりも若く、不安でいっぱいでした。
それでも隣人の方や、義祖母が長くお世話になっていた主治医や、ケアマネージャーさんなどといった方々に非常に助けられなんとかやっていました。
介護自体には、あまり抵抗もなく毎日おむつ替えや入れ歯の手入れ、水のいらないシャンプーで洗髪したりお風呂はデイサービスにお願いしていたので、自宅では足湯をしたりしていました。
思い返してみると、この当時私にとって辛かったのは義祖母の介護ではなく、近所に住む義父の後妻がお金を無心して来たり、義祖母の娘で旦那にとっては叔母に当たる人が2日に1回は様子という名の監視に来ることでした。
隣人や医師という、所謂他人様はとても良くしてくれました。
今でもほっこりします。口悪くいう義祖母を嗜めてくれたり、私を励ましてくれたり。
でも、身内というものは誰ひとり助けてはくれず、それどころか親戚に悪口まで言っていました。
今はもう義祖母も亡くなりましたが、今でも介護は良い経験だったし少しでも尽くせたのは良かったと思っています。
でも、身内というものの恐ろしさを体験したことは、気持ちの良いことではありません。
ちなみになのですが、義祖母の遺産は全てこの叔母に持って行かれてしまって、旦那には一銭も入りませんでした。(旦那の実母はずいぶん前に亡くなっています。)

父の葬儀の際に感じたこと

数年前に父を亡くした時には、年齢の割には規模の大きな葬儀を行いました。
父が末期のすい臓がんだとわかり、余命は数か月と診断されてたため、母が前もって葬儀社に行き細かい打ち合わせをしていたようです。
父母は住まいのあるところが地元というわけではなく、特に付き合いのある葬儀社やお寺もありませんでしたので、最寄駅から最も近くて規模の大きいホールを持っている葬儀社に決めました。
なぜ規模の大きな葬儀を行ったのかというと、会社を経営していたため、会社関係の弔問客が多いことを予期しての事でした。
会社を経営し始める前は大手企業のサラリーマンでしたので、様々な方が来られるように考えたところ、うちの周りでは最も規模の大きい有名な葬儀社にしたとのことです。
告知は数か月でしたが無くなるまでに1年近くあり、実際に亡くなってからの段取りはさすが大手という手際のよさでした。当たり前なのかもしれませんが、家族が亡くなって動揺している私たちに対する対応はものすごく事務的で冷静、人の死を商売にしている雰囲気が色濃く感じられました。
祭壇や位牌など、細かいものまでランク付けがあり、それぞれに大きな価格差があるため、正直どれが良いのかもわかりませんし、動揺しておりあまり冷静に選ぶことはできませんでした。ですが、会社の代表としてあまり小さいものは、とのことでかなり大きな祭壇が用意されました。
私の知人も葬儀に参列してくれましたが、こんなに大きな祭壇はあまり見たことが無いといわれました。費用の方もかなり高額になりました。
葬儀と告別式を同じホールで行いましたが、母としてはお金はないのですが立派に送り出したいという思いがあったとのことです。
大手の葬儀社は、終始事務的で大きなミスはありませんが、やはり温かみのある式とはかけ離れていました。
近しい家人をなくすのが初めてだったため、今回の葬儀を良い教訓として、次回はもう少しアットホームな式を考えたいと思います。

父親の死と超高齢の母の姿から考えた自分なりの終活

父が90歳で他界し、葬儀を営んで以来、いつかは自分にも訪れる死に関連して、いわゆる終活を考えるようになりました。まず父の葬儀の費用の管理をした事で、葬儀の費用がやはり高い事を再認識しました。父の葬儀は私達兄弟がまだ現役であった事もあり、会社関係の人など参列者が非常に多く、会館の葬儀場に入れぬほどでした。
私に万が一の事があった時には、そうした盛大な葬儀ではなくこじんまりとした葬儀で十分で、しかもその費用も子供達に負担を掛けたくないと感じました。誰しもが、終活として最初に考える事です。父の死と、こうした考え方から、近所に新たにできた全国展開している新興の葬儀社の積み立て会員に加入しました。これなら、葬儀の祭壇なども迷いなく、この積立金で賄えるセットになった祭壇や棺で営んでもらえば十分だとの意思表示もできると考えたのです。
葬儀の後は、埋葬する墓で多くの人が迷い、子供の負担を無くすべく、永代供養を生前に申し込み、費用も支払っておくと言った話を聞きます。しかし私の場合は、生前に父親が建立し、今は父が眠る墓がある為、そこに埋葬してもらえば子供の負担は年間の管理費等の1万数千円で、この程度なら息子は自分も入る墓だと思って維持してくれるでしょう。
息子には幸い2人の男児が生まれ、この孫達のいずれかはきっと墓を守ってくれると思っています。お墓参りには、時々孫を連れて行き、意識の底に刻み込んでくれればと思っています。墓の事を心配しなくても良いのは、終活を考える時には非常にありがたい事です。
父の死後、母は実家で一人暮らしを続けていましたが、90歳を前にして病気で入院した事が契機となり、歩行が難しくなり、特別養護老人ホームに入居しました。その前の数年間は自宅で暮らす母の生活介助も、女房に手伝ってもらい介護の事を色々と知る事ができました。
また母の年金収入と、施設の費用などの支出を女房と一緒に管理する事で、支出は女房も認識できたので、私が先立った後の遺族年金の概算を計算して女房に認識してもらいました。残された女房が一人で施設に入らねばならなくなった時、金銭的に子供の世話にならずにやって行ける事を認識する事で、女房も安心できたと思います。
施設に入所して、空き家となった実家の収納などをチェックすると、父が残した趣味品などもそのまま放置されていました。父が残した不用品を処分しながら、実家にある物の多さに改めて驚かされました。母が他界すれば、その多くの家財道具をすべて処分する必要があると考えると、ぞっとするほどです。翻って我が家を改めて見直すと、独立した息子や娘の置いて行ったものもあり、また私の実家の家財道具よりも遥かに多くの物がある事を再認識させられました。
実家の片付けを進めながら、それが終われば、我が家の不用品を整理し、シンプルな生活を心がけ、子供に大変な想いをさせないようにしようと考えています。父の死と残された超高齢の母の介護経験から、順次気になる事に事前対策を講じています。これが私の終活のスタートです。